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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3480号 判決

原告(反訴被告) 韮沢秀雄

被告(反訴原告) 笠島宗作 外二名

主文

被告笠島宗作及び同笠島久子は原告に対して別紙〈省略〉物件目録の建物の一の部分を明け渡し、かつ昭和二八年六月二日から右明渡ずみまで一カ月につき金一、四九二円の金員を支払うべし。

被告石戸博は原告に対して別紙物件目録の建物の二の部分を明け渡し、かつ昭和二七年一二月一六日から右明渡ずみまで一カ月につき金一、〇〇〇円の金員を支払うべし。

原告の被告石戸博に対するその余の請求を棄却する。

反訴原告の反訴請求を棄却する。

訴訟費用中本訴に関して生じた分は被告等の負担とし、反訴に関して生じた分は反訴原告の負担とする。

この判決は、被告等に対し金員支払を命じた部分に限つて、仮に執行することができる。

事実

第一原告の本訴の請求の趣旨及び原因、抗弁に対する答弁並びに反訴に対する答弁

原告(反訴被告)訴訟代理人は、本訴につき、被告石戸博の支払うべき毎月一、〇〇〇円の金員の起算日を昭和二六年一二月一日とするほか、主文第一、二項同旨、かつ訴訟費用は被告等の負担とする、との、そして仮執行の宣言の付いた判決を、反訴につき、主文第四項同旨、かつ訴訟費用は反訴原告の負担とする、との判決を求め、本訴の請求の原因及び被告等の抗弁に対する答弁並びに反訴に対する答弁として、次のとおりと述べた。

(本訴の請求原因)

一、別紙物件目録の建物一棟は、もと訴外山田徳一の所有であつたが、原告は昭和二三年一二月二八日右建物につき順位第一番の抵当権を設定したうえ金一五万円を同人に貸与し、昭和二四年三月末日の弁済期に至るも右債務の履行がされなかつたので、同年一二月一六日抵当権実行のため右建物の競売の申立をし、東京地方裁判所同年(ケ)第三三八号不動産競売事件として係属、昭和二五年八月二五日競落許可決定により、債権者たる原告が右建物の所有権を取得し、昭和二六年二月二〇日これが所有権取得登記を完了した。

二、被告笠島宗作は、右建物の前所有者山口徳一との間に、昭和二四年一二月一五日付で右建物につき存続期間を満三カ年とする賃貸借契約を結び、同日右内容の賃借権設定登記をした。同被告の右賃借権は、昭和二七年一二月一五日、存続期間の満了により消滅した。

三、被告笠島宗作は昭和二八年六月二日から被告笠島久子と共同して前記建物の階下(別紙物件目録の一の部分)を占有し、またその階上(同目録の二の部分)は昭和二六年一一月から被告石戸博が被告笠島宗作から転借してこれを占有し、それぞれ現在に至つている。

被告等の右家屋の占有は、その所有者たる原告に対抗し得べき何等の正権原に基かぬものである。よつて原告はここに被告等に対し各自のその占有部分の明渡を求めるとともに、被告等はその不法占有を原因として、被告笠島宗作及び同笠島久子は右建物の階下の適正賃料額たる一カ月につき金一、四九二円の、被告石戸博はその二階の適正賃料額たる一カ月につき金一、〇〇〇円の各損害を原告に被らせているので、前者二名に対してはその占有の始まつた昭和二八年六月二日から、後者に対してはその占有開始後である昭和二六年一二月一日から、それぞれ各自占有部分の明渡ずみまで各前記割合の損害金の支払を求める。

(抗弁に対する答弁)

四、原告主張の抗弁事実は全部否認する。

(一)  被告等主張の賃借権は昭和二四年一二月一五日にその設定登記がされているが、これに先だつ昭和二三年一二月二八日原告の抵当権設定登記がされている。そして抵当権設定登記後における賃借権の設定は、民法第三九五条によつて、処分の権限なきもののした賃貸借として、三カ年の法定期間をこえては、抵当権者及び競落人に対抗し得ないものである。したがつて右賃借権に基く被告等の主張は理由がない。

(二)  また、原告は被告笠島宗作と昭和二六年の暮に同被告主張のような売買の予約又は賃貸借の予約をしたことはない。原告は昭和二六年三月及び昭和二七年五月の二回に本件家屋引渡の強制執行に及んでいるのであつて、その間に被告等に対してこれが占有を許容するがごとき契約をする筈がない。

(三)  原告が被告笠島宗作に対して被告等主張のごとき損害賠償、造作代金、立替金の債務を負担することのないことは、反訴の答弁として後に主張するとおりである。したがつて被告等の留置権行使の抗弁も亦理由がない。

(予備的請求原因)

五、仮に原告と被告笠島宗作との間に賃貸借が存続しているものとすれば、同被告は賃貸人たる原告の承諾なく、被告笠島久子及び同石戸博に対してそれぞれ前記のように本件家屋の一部を使用させ、これを転貸しているものであるから、原告はこゝに被告笠島宗作に対し右無断転貸を原因として賃貸借契約解除の意思表示をする(昭和二九年六月一八日の本件口頭弁論において)。いずれにするも被告等は右家屋の明渡義務を免れない。

(反訴に対する答弁)

六、反訴原告(被告笠島宗作)主張の反訴請求原因事実中、反訴原告が本件家屋敷地の地代を支払つたこと(それが反訴被告の依頼に基くことは否認する。)は認めるが、反訴原告が山田徳一からその主張の造作等を買い受けたということは知らず、その他の事実は否認する。

(一)  本件家屋に従来附属していた造作一式は、反訴被告(原告)の抵当権の目的となつていたものであつて、右抵当権に基く競売手続において執行吏の売却処分したものであり、反訴被告が不当にこれを競売したものではない。

(二)  反訴原告がその主張のごとき新造作を施したことはなく、いわんや反訴被告がその取付に同意したがごとき事実はない。また反訴原告が反訴被告に対してその代金の支払を請求する法律上の根拠もない。

(三)  反訴被告は反訴原告に対し本件家屋の敷地の地代の立替払を依頼した事実はなく、反訴原告がその主張の地代を支払つたのは、事情を知らない地主を欺いてこれを受領させたもので、地主からそれを返還されたにもかかわらず、重ねて送金したのであるから、何時にても地主から返還を受け得られる筈である。もとより反訴被告の償還すべきものではない。

かような次第で、反訴原告の反訴請求には応じがたい。

第二被告等(反訴原告)の本訴に対する答弁並びに反訴原告の反訴の請求の趣旨及び原因

被告等(反訴原告)訴訟代理人は、本訴につき、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする、との判決を、反訴につき、反訴被告は反訴原告笠島宗作に対し金一九万一、七〇二円を支払うべし、訴訟費用は反訴被告の負担とする、との判決を求め、本訴の答弁並びに反訴の請求の原因として、次のとおり述べた。

(本訴の答弁)

一、原告が本訴請求原因として主張する事実のうち、別紙物件目録の建物一棟がもと訴外山田徳一の所有であつたところ、原告が抵当権の実行としてこれが競売の申立をし、その主張のごとき競落許可決定があつたこと、被告笠島宗作が山田との間に原告主張のごとき賃貸借契約をし(但しその締結の日は争う。)、かつ賃借権設定登記がされたこと、及び被告等がおそくとも原告主張の時期から、右建物の少くとも原告主張の各部分を占有していることは認めるが、原告が果して右家屋につきその主張するごとき抵当権者であつたかどうかは知らず、また原告が予備的請求原因として主張する被告笠島久子及び同石戸博に対する転貸の事実は否認する。

被告笠島宗作は昭和二四年一二月七日頃前所有者山田徳一との間に本件家屋の賃貸借契約を結び、同時に右家屋全部の引渡を受けてこれを占有し、同月一五日右賃借権設定登記をし、同月一九日その存続期間の定めを満三カ年と変更して、その旨の登記をした。被告笠島久子は被告笠島宗作の次女、被告石戸博は被告宗作の長女義子の夫であり、いずれも被告宗作の家族として、昭和二六年一一月初め頃から被告宗作と共同して本件家屋全部を占有している。その間に原告主張のごとき転貸借契約等は存在しない。

(抗弁)

二、仮に原告が正当に本件建物の所有権者となつたものとしても、被告笠島宗作は賃借権をもつてこれに対抗することができ、他の被告両名も被告宗作の賃借権にもとづきこれと共同して右家屋を占有しているものであるから、原告に対しその明渡義務はない。

すなわち被告笠島宗作と山田徳一との間に締結された賃貸借は、当初の満三カ年の期間満了の際、右賃貸借において賃貸人の地位を承継した原告から適法な更新拒絶の意思表示がされなかつたため、借家法第二条の適用により更新された。原告主張の民法第三九五条の規定は、特別法たる借家法の前記規定の適用を妨げるものではない。

三、仮に右賃貸借が終了したとしても、原告と被告笠島宗作との間には本件建物の売買の予約或いは新たな賃貸借の予約がされ、原告は被告等に対しこれが本契約成立まで右家屋の使用を許容したものである。

すなわち、原告と被告笠島宗作とは、昭和二六年暮頃杉並区高円寺一丁目の当時の同被告の居宅で、同被告息孝雄立会のうえ三回にわたり会見したが、その際原告は同被告に対し適当な価格で本件家屋を売り渡すべく、同被告以外の人には絶対にこれを売却せず、万一右売買不成立のときは、これを同被告に賃貸すべきことを確約し、かつ右売買又は賃貸借の本契約が成立するまで被告等の右家屋を使用することを許容した。したがつて原告はいま直ちに被告等に対しその明渡を請求することはできない。

四、被告笠島宗作は、のちに反訴において主張するごとく、本件建物に関して原告に対し、同被告所有の造作の不当処分による損害賠償として金一五万円、新造作代金として計金三万九、五三三円及び地代立替金二、一六九円、以上合計金一九万一、七〇二円の債権を有するので、これが弁済のあるまで、留置権の行使として右建物の引渡を拒むものである。したがつて他の被告両名もこれが明渡義務がない。

(反訴の請求原因)

五、(一) 反訴原告(被告笠島宗作)は、昭和二五年二月二八日、本件家屋の前所有者山田徳一から、これに附属する造作すなわち畳一三枚半、建具及び棚類、ケース一式、ケース二本、物置と台所とは有形のまゝ、テント一式を代金一五万円で買い受けた(乙第三号証)。しかるに反訴被告(原告)は同年四月頃山田徳一に対する貸金債権の強制執行として右造作を競売処分に付し、その際反訴原告は右造作が反訴原告の所有であることを極力主張したにかゝわらず、反訴被告はこれにとりあわず、ついに右競売を強行して、右造作に対する反訴原告の所有権を侵害した。反訴原告はこれにより少なくとも右造作の買受価格金一五万円に相当する損害を被つたので、反訴被告に対し同額の賠償債権を有する。

(二) 反訴原告は前記のように右家屋に附属する従来の造作を撤去されたので、反訴被告の承諾のもとに、昭和二六年一二月五日頃から昭和二七年五月一四日頃までの間に、右家屋について、瓦斯工事、障子及び襖計一八本位、平トタン板、ナマコ、及びこれらの工賃等、戸直し、中貫十尺三枚、ベニヤ板三〆一枚、釘代、大工手間代等、中造作一切、上表替六畳(二階)、琉球表替八畳、炬燵共、これらの新造作を施し、その経費として計金三万九、五三三円を支出した(乙第八号証の一、三、四、五、七、八)ので、反訴被告に対し右造作代金として少くともこれと同額の債権額を有する。

(三) 反訴原告と反訴被告との間には前記のように本件建物の売買又は賃貸借の交渉が進行していたが、その間反訴被告は反訴原告に右建物敷地の地代を立替支払うべきことを依頼したので、反訴原告は、昭和二七年七月六日、反訴被告に代り地主理性寺差配人峯村某に対して、右地代一カ月金一八〇円八〇銭の一二カ月分計二、一六九円六〇銭を支払つた。したがつて反訴被告は反訴原告に対し右立替金二、一六九円を償還すベき義務がある。

反訴被告は反訴原告に対し、本訴建物に関連して、右(一)(二)(三)の計金一九万一、七〇二円を支払うべき義務がある。

よつて、反訴としてこれが支払を求める。

第三証拠〈省略〉

理由

(争いなき事実、本件建物の占有)

一、別紙物件目録の建物一棟はもと訴外山田徳一の所有であつたところ、原告(反訴被告)が抵当権の実行としてこれが競売の申立をし、昭和二五年八月二五日原告を競落人とする競落許可決定のあつたこと。及び被告(反訴原告)笠島宗作及び被告笠島久子は右建物のうち、少なくともその階下の部分(別紙物件目録の一の部分)をおそくとも原告主張の昭和二八年六月二日からまた被告石戸博は少なくともその二階の部分を昭和二六年一一月初めから、それぞれ占有している事実については、当事者間に争いがない。

(原告の所有権)

二、真正の文書であることにつき争いのない甲第一号証によれば、原告は昭和二六年二月二〇日前記競落により本件建物の所有権を取得した旨の登記を完了していることが明らかであつて、これにより原告が適法に右所有権を取得したことを推認し得べく、右推認をくつがえすべき証拠がない。

(賃貸借の終了)

三、前記建物につきその前所有者山田徳一と被告笠島宗作との間に賃貸借契約が締結され、かつ存続期間を満三カ年としてこれが賃借権設定登記を経由した事実については、当事者間に争いがなく、真正の文書であることにつき争いのない乙第一号証、第九号証、被告笠島宗作本人尋問の結果によつて真正のものと認めうる同第二、三号証と同被告本人尋問の結果とを合せ考えれば、被告笠島宗作は山田徳一に対し電気器具代金前渡の返還債権約五万円を有していたが、その回収のため、昭和二四年一二月右家屋の当時の所有者であつた山田に、その賃借権利金として、これに附属する造作等買受代金の名目で金一五万円、敷金として金一万円計一六万円を支払つてこれを賃借することにし、前記債権と対当額において相殺したその残額を支払つたこと、そして同月一五日付で賃借権設定登記をし、更に同月一九日、当初は長期の定めであつたその存続期間を満三カ年と変更して、その旨の登記をもすませたことを認めることができる。

被告等は右賃貸借の更新を主張するけれども、右賃貸借登記に先だつて原告の抵当権の設定登記が存在し、右抵当権実行の結果、原告がこれを競落したものであることは、被告等の明らかに争わないところである。そして、民法第三九五条によれば、抵当権の登記後に登記した賃貸借は、民法第六〇二条に定めた期間をこえないものに限つて、抵当権者に対抗できるとされているので、本件建物の賃貸借についても、三年の法定期間をこえては、抵当権者、したがつて競落人に対抗できないものであることが明らかである。借家法第二条の法定更新の規定は、少くとも抵当権の実行により差押の効力が発生した後においては、かかる賃貸借につき適用なきものとしなければならぬ。これ、抵当権登記後に登記された賃貸借は、短期のものに限り例外として抵当権者、したがつて競落人に対抗し得ることとし、かくして担保不動産の利用と担保権者の利益とを調整しようとする民法第三九五条の趣旨に照し、賃借権保護の当然の限界というべきである。

被告笠島宗作の前記賃貸借は、附和二七年一二月一五日、満三カ年の期間経過により終了したものといわなくてはならない。

(売買又は賃貸借の予約)

四、真正の文書であることにつき争いのない乙第四ないし第六号証、証人笠島孝雄の証言並びに原告及び被告笠島宗作各本人尋問の結果によれば、原告及び被告笠島宗作との間に、同被告が前記のような事情で本件家屋を山田徳一から賃借し、また原告がこれについて競売を申し立てた頃の前後から断続的に右家屋の売買又は賃貸借の交渉が行われたが、不幸にしてこれが妥結するに至らなかつた事実を窺うことができる。その間右両者間に確定的に売買又は賃貸借の予約が成立し、或いは契約成立まで被告等の使用を許容するがごとき合意の成立した事実を認むべき証拠はない。したがつて、かゝる契約の成立したことを前提として、被告等に本件家屋の占有権原ありとする、被告等の主張は、とうていこれを採用する由がない。

(留置権の行使)

五、被告笠島宗作が原告に対してその主張するがごとき、損害賠償、造作代金及び立替金債権を有するものと認めがたいことは、のちに反訴について判断するとおりであり、被告等の留置権行使の抗弁は、この一事によつてもその理由のないことが明らかである。

(被告等の損害金支払義務)

六、してみれば、被告等の本件家屋の占有は、所有者たる原告に対抗し得べき何等の正権原なきに帰するので、それぞれその占有する主文第一、二項記載の各部分を明け渡すべき義務がある。そして右各部分の適正賃料額がそれぞれ原告主張の通りであることは、被告等の明らかに争わないところであるので、これを自白したものとみなされる。被告等は正権原なく右各建物部分を占有することによつて、原告に右適正賃料額に相当する損害を被らせているものというべく、原告に対しこれを賠償すべき義務がある。したがつて、被告笠島宗作及び同笠島久子は共同してその占有する本件建物の階下につき、正権原なくその占有を始めた後である昭和二八年六月二日からその明渡ずみまで、前示適正賃料額たる一カ月につき金一、四九二円の金員を支払うべき義務あること明らかである。しかし、被告石戸博の本件家屋の二階の使用は、それが被告笠島宗作との間の転貸借契約に基くものであることは原告の自ら主張するところであるから、被告笠島宗作の賃借権の存続中は、原告は自己に対する賃借人である同被告に対しこれを使用させて賃料の支払を請求し得るのみで、特別の事情のない限り、転借人である被告石戸の占有を原因として、別に請求し得べき損害を生じないものと考えるのが相当である。原告は被告石戸に対して、その占有の始まつた当初である昭和二六年一二月一日からの損害金の支払を求めているが、被告笠島宗作の賃借権消滅前たる昭和二七年一二月一五日までは、前記理由に基き、被告石戸に損害金支払義務がなく、右賃貸借終了後の同年同月一六日から右建物部分の明渡ずみまで、その適正賃料額たる一カ月につき金一、〇〇〇円の損害金を支払うべき義務あるにとゞまるものといわなくてはならない。

(反訴請求について)

七、進んで反訴原告(被告笠島宗作)の反訴請求の当否について考える。

(一)  反訴原告本人尋問の結果により真正のものと認め得る乙第三号証及び右本人尋問の結果によれば、反訴原告は昭和二五年二月二八日山田徳一から本件家屋に従来附属する畳建具等造作一式その他を代金一五万円で買い受けたことが認められる。反訴原告は反訴被告(原告)がこれを競売に付したことを原因として損害賠償を請求するが、右競売はこれらの造作を右家屋の従物として、反訴被告の前記抵当権実行のためにされたことは、本件口頭弁論の全趣旨に徴し窺うに難くないところであり、それが不法にされたことを認むべき証拠がない。

(二)  真正の文書と認め得べき乙第八号証の一、三、四、六、七、八、と反訴原告本人尋問の結果によれば、反訴原告は本件家屋の瓦斯工事、襖障子、室内戸直し、畳表替その他建具代金等として計金四万〇、四〇三円を支出したことを認め得るが、反訴被告がこれらの造作の附加につき承諾を与えた事実を認むべき証拠がない。しかのみならず、これらの造作は反訴原告の所有であつて、反訴原告はこれらを収去し、その他自由に処分できるものであり、これが代金を反訴被告に請求し得べき理由がない。

(三)  最後に、反訴原告が昭和二七年七月六日本件建物敷地の地代一二カ月分二、一六九円六〇銭を地主である理性寺等の代理人峯村某に支払つたことは、反訴被告の認めるところであるが、それが反訴被告の依頼に基くということは、反訴被告の否認するところであるにかかわらず、これを認むべき証拠がない。かえつて、真正の文書であることにつき争いのない乙第七号証と反訴被告本人尋問の結果によれば、右支払は本来の義務者である反訴被告の意思に反するものであつて、峯村はその後これを反訴原告に返還したが、反訴原告は再度これを送金した事実を窺い得るので、右立替を理由とする反訴原告の償還請求も亦その理由がないとしなくてはならぬ。

要するに原告の反訴請求にかゝる債権はいずれもその成立を認め難いものである。

(結論)

八、以上の理由によつて、原告の本訴請求は被告等に対し本件建物中主文第一、二項の各自の占有部分の明渡を求め、被告笠島宗作及び同笠島久子に対しては昭和二八年六月二日からその明渡ずみまで一カ月につき金一、四九二円の金員の、被告石戸博に対しては昭和二七年一二月一六日からその明渡ずみまで一カ月につき金一、〇〇〇円の金員の、各支払を求める限度においてこれを認容し、被告石戸博に対するその余の請求を棄却し、反訴原告の反訴請求は、全部理由なしとして、これを棄却し、訴訟費用の負担については、本訴に関して生じた分につき同法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項本文を、反訴に関して生じた分につき同法第八九条を各適用し、仮執行の宣言については、被告等に金員支払を命ずる部分につき同法第一九六条第一項を適用し、家屋明渡を命ずる部分についてはその必要なきものと認めて、主文のとおり判決する。

(裁判官 入山実)

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